EVENT REPORT

AECC齋藤統氏・ANREALAGEファッションデザイナー 森永邦彦氏をお招きして、『東京ファッションと少し先の未来』をテーマとしたトークイベントを開催しました。

FASHION CREATIVE 東京会談Vol.3
  • ―テクノロジーを武器にファッションを更新する

    司会
    「今日のテーマは、東京ファッションと少し先の未来。かなり大きなテーマです。
    まずは、ものづくりの考え方、新しい価値の創造について、主に森永さんにうかがいたいと思います。なぜ服づくりをされるのか、しなければならないのかといった、アンリアレイジのクリエイションの源泉を教えてください。」

    森永さん
    「誰もが必ず毎朝何を着るか選択をしています。そんな当たり前すぎて無自覚になってしまいがちな“服を着る”という行為の中には、日常を変える程の力が潜んでいると思っています。僕は自分自身が一着の洋服と出会った事で自分の人生が変わっていきました。洋服ってすごいなって思った瞬間があったんです。それは10代後半でしたが、洋服に魅せられて、洋服をやりたいと思って、洋服からすごい世界が広がっていくんじゃないかと思っていました。実際に洋服の世界に入ってみると現実は厳しくて、ファッションが何をすべきなのか、何を伝えていくべきか、見失いそうになるんですけど。それでも、あの時感じた気持ちをずっと離したくないと思いながら、洋服をつくっています。」

    齋藤さん
    「山本耀司さんもそうでしたけど、洋服をつくるというのは何か永遠のチャレンジというか、自分自身に対する挑戦みたいなところってありません? 現状に満足して『もう、いいや』とはならない。終わりがないじゃないですか」

    森永さん
    「ないですね。自分が今ベストだと思う服を作ったとしても、時代が変わってしまえば、価値は変わってしまいます。普遍的で絶対的なものをファッションの世界で掴むことは難しく、だからこそ継続する中で見えてくるものもありますし、とにかくゴールがないですね。それに一年に二回シーズンは回転していくので、振り返る隙なんて与えてもらえない。僕はそのスピード感に憧れてしまっていて、逆にその中でぐるぐる回っていくのが好きなタイプですが。」

    司会
    「森永さんはコレクションの度に新しい提案をされています。とりわけ、紫外線で色が変わる服や、常に温度を保つ服など、テクノロジーからのアプローチが多いと思うのですが、その発想に至るプロセスはどのようなものでしょうか」

    森永さん
    「デザイナーとして、デザインされた服を発表するだけだと本質的なファッションを更新できない気がしています。洋服の新しいつくり方を発表したり、新しい素材を発表したり、そうやって道具を変えて、どうものを作っていけばいいかが自分にとってすごく重要で、普段使うはずのミシンを使わないとか、染色の際あえて日に当たる環境でやってみるとか。新しいファッションはデザインやシルエットだけではありません。もっともっと根本的に今までにない方法で洋服を作ることで新しいものが生まれるんだと思います。ファッションが時代を変えていく瞬間を作ってみたいという気持ちはずっとどこかにあります。」

    司会
    「齋藤さんは、パリでの森永さんのコレクションをご覧になっていると思いますが、こういった森永さんのチャレンジについてどうお考えですか。またパリでの評判をお伺いしてみたいのですが」

    齋藤さん
    「今初めて本人の前で言いますが、1回目のコレクションでは意外と感動しなかったんです。でも2回目のショーで『こいつはすごいな』と。フランス人の仲間たちもやっぱり『すごいね』と言っていました。彼らは皆、私がヨウジヨーロッパ社で仕事をしていたことを知っているので『ヨウジ以来かもしれない』位のことを言う人もいた。

    山本耀司さんや川久保玲さんがヨーロッパに持ち込んだものは、まずデフォルメです。そしてアシンメトリックと、黒。それまでは黒を着て普段歩くということは向こうではなかったことなんです。当時は『こんなものは服じゃない』といじめられました。『だいたい東洋人が西洋の服をつくれるわけない』ぐらいのことを言われ、山本耀司さんが『ぬぬぬ、今に見ておれ』と言っていたのをよく覚えています。でも今回、森永さんのコレクションの時に色んな人と話をしたところ、『我々には受け入れる準備があった』と言うんです。もう『日本人には洋服をつくれないだろう』とは言えない状態になっている。アンリアレイジ・森永さんのコレクションが素直に受け入れられているのです。

    山本耀司さんをはじめ、いろんな方とやってきてわかったのは、これをどうビジネスにして、どう最終的に(ビジネスとクリエイションの)バランスをとっていくかが一番大変だということ。それには今までのやり方でいいのか、日本のデザイナーの多くがやっているように、向こうに行ってディフュージョン(普及)するというやり方で本当にいいのか、私はここ数年悩んでいるところなんです。まだ答えは出ていませんが、いいやり方を森永さんたち若いデザイナーさんに提唱できたらと、そんな風に考えています」

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    ―「海外で日本と同じやり方をしたら、必ず負ける」その理由

    司会
    「昔と比べて、世界発信の場であるパリコレクションに挑戦される日本人のデザイナーがかなり減ってきていますが、森永さんは果敢にチャレンジされています。森永さんが世界を意識されたきっかけ、またパリコレクションに参加される狙いを教えてください」

    森永さん
    「僕の世代は上の世代にすごく憧れがある。「コムデギャルソン」「マルタンマルジェラ」、「アンダーカバー」など、自分もそういう服を見て頑張りたいと思った世代なので、もともと自分がブランドやるからにいつかパリに行きたいという気持ちははずっと持ってきた。今はインターネットがあって、日本から洋服のルックを送ることはできますが、やはり現地に行って、実際に見てもらった上で評価してもらいたいという思いがある。いつまでも東京だけでやっていてもバイヤーやプレスは来ないので、自分から行こうと思いました。」

    齋藤さん
    「来ないというのは、バイヤーさん?プレスですか?」

    森永さん
    「どちらもです。もちろん単発で来る方はいるんですが、継続的に見てもらうことに意味があると思っていて。だったら行くしかない」

    齋藤さん
    「東京の特徴は、展示会が非常に遅いんです。バイヤーの持っているバジェットが、パリコレでほとんど終わってしまう。まずニューヨークから始まって、それからロンドン、ミラノと回る。例えば、あらかじめ『森永さんのコレクションを500万円分買おう』と決めていればいいんですけど、そうでないとお金が別のところに流れてしまいます。
    それに日本の展示会は、期間が長い気がします」

    森永さん
    「同感です」

    斎藤さん
    「ジャパンファッションウィークはパリコレの翌週から始まって、ひと月ぐらい展示会をやっている。それに、パリやニューヨークは、ショーをやりながら展示会を走り回るというやり方ですが、日本はショーがあって、後から展示会が始まります。外国のバイヤーの立場から考えたら、宿泊の問題など予算的に辛いと思いますよ。この辺りの問題も、海外のバイヤーがあまり東京に買いに来ない理由かなと思いますね」

    司会
    「また森永さんに伺いたいのですが、世界のステージに出たときに、東京の、また日本人のデザイナーとして意識されていることや強み、逆にマイナスに感じていることなどはありますか」

    森永さん
    「客観的にパリのコレクションが見られるので、そこの中心で行われていることが、自分には当たり前に思えることがあまりなく、それを逆手に取った表現をしたいと思っています。パリコレですごく驚いたのは、世界中から洋服を見るために来ているのに、みんなどちらかというとSNSなど画面を見る事に夢中になっている。フロントローでも大御所のジャーナリストもバイヤーも写真を撮ってアップすることに全力をかけている感じがあって。そういう状況を逆に逆手に取ってショーをやってみようと思いました。それから価格の面や売りを考えた時、すごい日本人はデメリットが多いと思う。要は値段ですごく高くなってしまうので、日本で僕らがやっていた卸売のやり方とかつくり方とか値段のつけ方で勝負していたら確実に負ける。それはすごく悔しいこと。そういう構造自体を変えようとするアプローチも必要だと感じます。」

    齋藤さん
    「あくまで日本製ということですか?」

    森永さん
    「はい。すべて日本製でやっているので」

    司会
    「環境の違いを意識されることがあるということですね。税金の問題も?」

    森永さん
    「税金、高いですね」

    齋藤さん
    「よく言われることですが、日本の消費税に相当するVATが高いですね」

    森永さん
    「はい。日本だと利益にできる分が、税金で持っていかれてしまいます」

    司会
    「東京のデザイナーが世界で勝負する際に必要なコンセプトや戦略などについては、どのようにお考えですか」

    森永さん
    「僕は10年東京でショーをやってきましたが、初めてパリ・コレクションに出た時、一回の15分のショーで自分のブランドが世界からの評価を受けて、もしそのショーが良くなければ、今までやってきたコトとか何も残らなくなるという、そういう一か八かの勝負は避けたいと思っていました。
    あくまで一回目のショーは、東京で積み重ねてきた10年間をふまえてのショーがある、ということをしっかりと伝えるべきだと考えました。
    ですので、レクレルールと話をして、初回はショーと連動する形で10年間の作品の展覧会を開催しました。
    今までやってきたコンセプトとテクニック、自分たちがどのような世界観を持っているかを伝える場をつくって、ショーの15分だけで評価が下されないような環境を意識的に取り入れたのです。」

    齋藤さん
    「あれはすごく良かったと思います。ショーでモデルさんが歩いただけではわからないことが、非常にわかりやすく見えた」

    注釈)VAT…Value Added Tax、付加価値税。欧州連合(EU)では加盟国にVATの導入を義務付けており、2015年12月31日までの標準税率の下限は15%と定められている。

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    ―デザイナーを売り出すには「変圧器」の役割が必要

    司会
    「今、齋藤さんはパリと東京を行き来されながら活動していらっしゃいますが、山本耀司さん、三宅一生さん、そして現在活躍されている若手のデザイナーさんに至るまで、数々のファッションデザイナーの方々とどんな思いを持って関わりを持ってこられたか、そのあたりのお話をお聞かせください」

    齋藤さん
    「1980年に山本耀司さんのところに入ったとき、私は30歳でした。当時、日本人のデザイナーといって外国で通じるのは、ヨウジヤマモト、イッセイミヤケ、コム・デ・ギャルソンの『御三家』とケンゾーぐらいのものでした。山本耀司さんという方があそこまで行けたのは、なかには『お前も頑張ったよね』と言ってくださる方もいるんですが(笑)、やっぱり何より、山本耀司さんのデザイナーとしての姿勢だと思います。森永さんも似てるところを持っているなと思うんですが、彼には不屈の精神があった。山本耀司さんはそれまでのパリの文化からしたらあり得ないことをやったんです。随分叩かれた時期がありました。でもだんだんと認められていった。あの頃はマーケットがまだまだ動いていました。ティエリー・ミュグレーですとか、(クロード)モンタナ、ジャンポール・ゴルチエが出始めた頃でもある。そういう時期に山本耀司さんと一緒に頑張れて、非常に良かったと思っています。

    私は日本に帰ってくるとほとんど営業部にはいませんでしたね。アトリエに遊びにいくのが好きで、例えばモデリストの方々とよくお付き合いをしていた。山本耀司さんのところはモデリストに非常に優秀な方が多かったなという気がしています。
    日本では俗にパタンナーという言い方をしますけれど、フランスではモデリストと言います。デザイナーが描いた絵を3Dで表現するのは、優秀なモデリストでなければ出来ません。つい最近、フランスで日本人のパタンナーと話したとき、彼は『日本に帰りたくない』と言いました。理由を尋ねると『日本の、パタンナーっていう言い方が嫌いです』。要は、日本ではパタンナーが低く見られている。でも海外では『モデリストがいないと服ができない』という風に、しっかり評価される。そういうところにも、日本と海外との違いがあるんです。

    当時の私は何にも知りませんでした。一番初めに山本耀司さんにした質問を今でも覚えているんですよ。『すみません、パターンって何ですか?』。あの人はズルってこけた(笑)。それから『お前なぁ』といって耀司さんは絵を描いて『シャツってのはこうなってんだよ』と教えてくれた。アトリエの皆さんにも、バカな質問をいっぱいしましたが、皆さん面白がって教えてくれました。私が生意気にもこうして服のことをお話しできるようになったのはモデリストさんたちのおかげ。バイヤーさんに何か聞かれたときも、「ここはこういうパターンなんですよ」と答えられるようになったのです。ただ、私は服を売る方の立場ですから、根本的にデザイナーさんと相反するんです。私が『こんなものを作ってくれ』と頼んだら、森永さんにも『こんなのいやです』言われると思います。よく言うんですけど、営業をやる人間は“変圧器”なんです。デザイナーが考えることを、そのままマーケットに出しても一般の人はとてもついていけない。彼らの考えを理解した上で、それを上手く調理するのです。100vを200vにしたり、200vを100vに落としたり。それが私たちの役割ですから。裏ではデザイナーに言えないことをいっぱいやっていましたね(笑)」

    齋藤さん
    「森永さんは展示会があると数字、気になります?」

    森永
    「なります」

    齋藤
    「そうでしょう。デザイナーさんはそこだけズルイんですよ。(笑)やりたいことやって、最後に『齋藤くん、もうちょっと(数字)いかないのかよ』とかいう。大体そうなんです。
    そういう中でデザイナーさんを売っていくのは、本当に大変なことだなと思います。フランスでは1986年に、イブ・サンローランを設立したピエール・ベルジェが、デザイナーの気持ちを理解しながら服を売る、ビジネスをするということを学ぶ『IFM』(フランス・モード・インスティテュート)という学校をつくりました。森永さんみたいなデザイナーさんの周りに4~5人マーケティングをやる人間がついて『森永という人をどう売るのが一番いいか』、と1年間検討する。非常に高いレベルのプログラムになっています。
    日本には、そういうファッションビジネスを勉強する機会がなかなかありません。なんでも理屈でいけばいいというものでもないですが、日本に足りていない部分ではあると思いますね。話が逸れてしまいましたが、私は森永さんたち若いデザイナーさんと話をしながら、アドバイスをするというより、どういう風にしていくのが一番いいのか、一緒に考えていく。そうやって協力できたらなと思っているところです」

    司会
    「ヨーロッパの方ではエレガンスというものが価値観の上位にあるといいますが、他には日本と海外でどんな違いがあるのでしょう」

    齋藤さん
    「実は今、フランスのテレビ局から打診が来て『日本においてエレガンスとは何か?』と尋ねられています。私もどう答えるべきか悩んでいるところです。エレガンスの基調になっているバロックだとか、そういうものが日本にあまりないからです。紐解いていくと着物になってしまうので、どう表現したらいいのか。もう一つ、海外が日本と違うなと思うのは、(ファッションを)学術的に研究しているところです。例えばヨウジヤマモトや川久保玲を、デザイナーの立場からではなく社会学的に見たらどういうものなのか、ということを討論しあう機会が向こうにはあります」

    森永さん
    「90年代には日本にもあった気がします。それ以降もあるとは思いますけど、メインではないですね」

    齋藤さん
    「もちろん海外だって、ファッションが大好きな人が服を見て格好良い、格好悪いと言い合っています。でも別の見方をする人も多くて、いろんなレベルのいろんな意見に触れられる。それが非常に面白いなといつも思っています。
    フランスではジャック・ラングという元文化大臣が『洋服、モードというものは産業であり文化である』ということを国会で発言したこともある。こういうのはフランスの奥深いところですね。対して、日本では楽しい!かっこいい!かわいい!で終わってしまっているかなという気がします」

    司会
    「森永さんもそういった、日本と海外の価値観の違いを感じる部分はありますか」

    森永さん
    「(三宅)一生さんも川久保(玲)さんも(山本)耀司さんも、日本が誇るべき文化であり、それを継承していかなくてはいけないと思っています。何を継承すべきかと言うと、重要なのは精神性だと思います。三人の精神性が世界の人々の心に響いて、それが海外の人たちの、日本のファッションの見方にもつながったと思います。
    その精神性とは、西洋で流れてきた洋服の歴史と私たちの価値観は違う、ということ。西洋にはない今の日本の価値観、時代によってそれは変わっていくものですが、それをどこにぶつけていくべきか理解しているかどうかは、デザイナーとしてすごく重要だと思っています。
    アンリアレイジはモノを作るということに、他とは違う技法を取り入れて新しい服づくりを追求してきましたが、そのスタンスでどう他とは違う技法を取り入れてビジネスをデザインしていくかという意識が強くなりました。旧来型のやり方でパリに行って、ショールームと契約して、卸の店舗に持っていくのではない方法で、ファッションビジネスをデザインしていく必要性を感じています。
    例えば、インターネット時代のファッションのあり方です。僕より下の世代は明らかにバーチャルが強い世代です。僕の上の世代がリアルな店舗内装に拘って、そこに非日常的空間をつくったとするならば、これからは『いかに格好良いお店をつくるか』ではないところにファッションがある時代。バーチャルな空間でのファッションのあり方、バーチャルな空間における内装のあり方、インターネットでモノを買うということについて真剣に考えなくてはいけないですし、インターネットを通じてファッションを見るということに対しても、しっかりと向き合わないといけない。」

    齋藤さん
    「その通りだと思います。今のビジネスの形はいつまで続くのだろうと考えたときに、私は非常に不安がありますね。さっき森永さんが言ったみたいに、日本から行ってディフュージョンの形を取ると値段がものすごく高くなる。日本で10万円のスーツが海外では20万円になってしまうんです。私が昔ジョセフ・ジャポンを作ったときにはクリアできた問題ですが、そのために非常に複雑なシステムをパリにつくらなければならなかった。それはジョセフだからできたことだと思うんです。
    でも本当は、森永さんのように、日本から頑張ってやってくるデザイナーさんが同じことをできるシステムを作りたい。出来ないことはないと思うんです。そこに森永さんも巻き込んでいけたらなと」

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    ―サイズ感の違いが海外進出の大きな壁になっている

    司会
    「齋藤さんは東京の若手のファッションデザイナーの方とも交流があり、支援もされていらっしゃいます。率直に言って、日本や東京のファッションデザイナーに今、足りない要素はどんなものでしょう。これから海外に挑戦する若手デザイナーへのアドバイスをお願いします」

    齋藤さん
    「日本国内だけでやっている方には、何も申し上げることはないです。しかし海外に行くとなると、狙うものが違ってくる。価格の問題を既にしましたが、サイズの問題も非常に大きくて、これをクリアできないデザイナーが多いんですね。山本耀司みたいにものすごいオーバーサイズの服なら良いのですが、海外の方はとにかく体が大きいですから。
    それから日本人は、服の下に下着をつけますよね。でも向こうの人は素肌に直接、服を羽織ってしまう。すると、チクチクする素材は受け付けない。そういう習慣の違いも研究していかなきゃいけない。細かいところをいうなら、ボタンの位置も全然違います。特に男性は胸が厚くて、日本製のスーツを着て胸を張ると、パーンとボタンが飛んでしまう。こういう『着やすさ』に対するリサーチも不足しているように感じます。ですから、日本国内でやる分には良いのですが、日本と同じものを海外に持っていくのは、できそうでできない。そういう意味で、私が素晴らしいと思っているのはイッセイミヤケさんのプリーツプリーズです。どんな体型の人でも着られるので、世界中どこへでも持っていける。万国共通の服です。

    海外に出て行くからには、そういう部分も研究してほしい。デザイナーの方々には「普通の(海外の)スーパーマーケットにいって、普通の安い服を買って分解してみてください」とよく言うんです。それによってサイズ感がわかるから。デザイナーズブランドではダメです。普通の『つるし』に近いものを購入して分解して、サイズというものをもう一度勉強し直すぐらいのことをしてほしい」

    森永さん
    「体型の壁を超えないと絶対に売れないですね。アンリアレイジもサイズ展開を増やしていますが、それでも足りないと言われます」

    齋藤さん
    「北欧の人なんか大きいですよね。ドイツ人も背が大きい。ラテン系の人はまだ何とかなるんですが、ゲルマン系になると身長も違うし肩幅も違う」

    森永さん
    「それだけサイズが変わるとデザインも変わってしまうので、やることもちょっと複雑です」

    司会
    「森永さんから、これから海外にチャレンジするデザイナーにもしアドバイスなどあれば、お願いします」

    森永さん
    「パリで発表したものは世界中の人が買いに来る。体型差の壁を超えないと絶対売れない。サイズ展開を9サイズ展開して対応していますが、それでも足りないと言われています。また、ファッションショーをやるのと展示会で出るのとで違うと思いますが、コレクションで何を伝えるのかしっかり考えないといけない。ショーを発表する日本人デザイナーがもっと増えればいいなと思っています。可能性はあると思うんですが。」

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    ―東京ファッションに今起ころうとしていること

    司会
    「東京ファッションの近い未来、というテーマに戻ります。コム・デ・ギャルソン、ヨウジヤマモト、イッセイミヤケといった御三家の次の世代に何が起こるのか。あるいは、どんな変革が必要になると思われるか。未来のお話をお聞かせください」

    齋藤さん
    「確かにシャネルをはじめ、有名デザイナーがお年を召してきていますよね。その下の世代、50代ぐらいになると、ユニクロの滝沢直己さんみたいな方がいらっしゃいますが、日本からフランスに出て行って御三家みたいなことをやる人は今、いません。
    森永さんぐらいになると、さらに御三家が『遠く』なっていて、御三家から直接影響を受けた世代ではなくなる。でも、あの時代を知らない人たちだからこそ、次の展開を生み出す大きな原動力になると思うんです。なにしろ森永さんは私がヨウジヤマモトに入った頃に『おぎゃー』と生まれたわけですからね(笑)。私は御三家がパリにいって頑張った時代の人間ですが、森永さんのような世代がいて心強く思っています。『パリにいくぞ!』という思いを持ったデザイナーさんもいる。そういう人たちをどう指導したらいいのか、どうフランスの中に落とし込んだらいいのか、私も一緒に考えていきたい。
    ただ『こうしたらいいんですよ』という解決策はないんです。例えば『どこの展示会にいったら良いですか?』と質問がありますが、嫌な言い方をすると『服さえよければどこでもいい』という答えになる。パリは結局そういうところなんです。御三家もさんざん嫌な思いもして、経済的にも大変苦労しながら、5年、10年とやってきて今があります。現れていきなり世界的なレベルのデザイナーになったわけではない。そういえば、山本耀司さんがパリに行ったのはちょうど森永さんぐらいの歳でした。ですから、こういう人たちが日本のファッションの未来をつくっていくんだろうなと、勝手に思っています。

    繰り返しになりますが、問題はそういう彼らにどんなサポートをしていけるのか。御三家の時代とは違いますから、また別の形のステージをつくってあげることが、非常に重要。そうしたら、森永さんたちも安心して世界に出ていけるんじゃないかなと思っています」

    森永さん
    「心に沁みます」

    司会
    「森永さんは、今後東京ファッションにどんな変化が必要になると感じておられますか」

    森永さん
    「時代が変われば、何をかっこいいと思うかも変わります。今の時代のモードは、リアルだけではないと思います。それこそバーチャルな中にもモードはある。バーチャルな中のクリエイティブをどうファッションと結べるか、これはファッションデザイナーとして考えなくてはならない命題です。例えばシリコンバレーの人たちってすごくクリエイティブですよね。見た事もないソフトや情報の仕組みを作ってしまったり。それもモードとして捉えるべきだと思っています。そこでファッションはどうすべきか。何かを表現するということからシフトした洋服のあり方を考えるとファッションの行先が見える気がしていて、それは売り方も含めてもう少しファッションの外にいる人たちを取り込んで新しい試みをしたいと思っています。それこそ、ルイヴィトンのようなラグジュアリーブランドと組むのではなく、例えばアップルやグーグルとコラボレーションしてブランド価値を上げようとするファッションブランドが出てきてもいいと思っているんです。そうやって、大きく変わっていく時代のなかでファッションをしっかり生息させていく」

    齋藤さん
    「私が今、日本のファッションに一番欠けていると思うのは、スターの存在です。森永さんでも良いですし、日本からスターを出さなければいけない。ロンドンに、セント・マーチンズという学校がありますね。前学長と話をしたときに『5年に1回スターをつくれば良いんだよ』みたいなことを言われましたが、インターナショナルな意味でのスターでいうと30数年出てきていない。東京の中ではスターがいます。次に考えるべきは、そのスター性をどうやって海外に持っていくか、日本のマーケットでやっていることを、どうエクスパンションしていくのか、です。
    そこにはマインドの問題もあります。さっき森永さんが『精神性が大事』だといっていましたが、僕もよくわかる。これまで日本は『ファッションに精神なんかない』というやり方をしてきてしまった部分があります。売れればいい、格好よければいいということでやってきて、しかし『格好いい』の基準があまり高いところになかった。でも、そこで頑張ってきたのが御三家だし、いま森永さんたちも頑張っているんです。森永さんたちはこれから40代を迎えて、デザイナーとしてアーティストとして熟成してくる年齢になっていきます。きっとこれから孵化していく大事な時期にいらっしゃるんですね。森永さんのほかにもデザイナーさんがいて、それぞれやるべきことは違う。それぞれの方にあったオーダーメイドの方法を一緒に考えてきたい。それができたら、東京ファッションの未来も明るくなるかなあと思います」

    森永さん
    「東京はオリンピックが控えているので、必然的に海外からどんどん注目が集まってきますし、海外から買いに来る人も増えると思います。海外から人が来るということは、自分たちの服を着る対象も増えるので洋服を供給する環境はポジティブに捉えています。ただ同時に、産業としての側面で心配な面もあります。洋服はやはり手で作って人が着るというのが原点。作る人が少しずつ減っていく現状は止めなければならない。ものづくり能力が低下していってしまう。
    洋服という実態があるものをブランドの責任でしっかり自分たちの力で作るというのをやらなければいけない。真摯にものづくりに向かい合わなければいけないと思っています。」

    齋藤さん
    「日本のデザイナーさんが恵まれているのは、生地屋さんたちが全面的に応援してくれることです。ヨーロッパは全く逆で、生地屋さんは応援してくれないですから。有名でない頃の山本耀司さんが、ヨーロッパで生地屋さんにこういう加工をしてほしいとお願いしたら「お前らはキャビアを火で炙れって言うのか」と言われて完全に拒否されました。生地をこうしてくれなんてありえない、うちの生地を使いたいのか使いたくないのかどっちなんだ、と。非常にクールな考え方です。でも、日本人のデザイナーは生地屋さんと組んでいろんなことができますし、生地に関して非常に知識があるデザイナーさんも多い。そこは日本の強いところですから、今後、うまく出していけるといいですね」

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    ―インターネット時代の新しい売り方

    司会
    「質問コーナーに移りたいと思います」

    質問者1
    「アパレル業界では十数年前からセールの時期がどんどん前倒しになって、今では12月頭に始まるのが当たり前になっています。結果、プロパーが売れなくなり、セールで売るのを前提にプロパーの値段が決まる、ということが起きている。こういう状況をお二人がどうご覧になっているか、また海外ではどうなっているのか、教えてください」

    齋藤さん
    「フランスでも昔、同じ問題が起きましたが、あるときオートクチュール協会が『プロパーで売る期間をきちっと守らなきゃいけない』といってストップをかけました。今では何月何日にセールをスタートしなさいと法律で定められています。日本だと、こういうことをまとめる組織がどこになるのか私にもわかりません。フランスではオートクチュール協会があり、エルメスだとかディオールだとかシャネルだとかの社長が集まって討論する場になっています。国に意見をあげて法律化するという権限も持っている。逆にいうと、そのぐらいのことをしないとこの問題は解決できないんですね。ところが日本だと、そういうものがない。メーカーにとっても、マイナスですよね。本来の価格が守られなくなっている」

    森永さん
    「そうですね。そのシステムに僕も入ってしまっているので、そこから逃れることは、出来ないんですけど。かといって、モノを作る値段が安くなることは一切ないので、大変です。これまで暗黙の了解で守ってきたものが少しずつ崩壊している。確かに、取り仕切る組織があるといいのですが」

    質問者2
    「森永さんに質問です。デザイナーが2Dでデザインをして、パタンナーが3Dに起こす。そこではデザイナーさんと一心同体で洋服を作るようなパタンナーが求められると思うのですが、そういう方とはどこで出会うのでしょうか」

    森永さん
    「アンリアレイジに入りたいといってやってくる人か、お仕事を通じて知り合う人か、どちらかです。今は外部の方も入れて4人のパタンナーがいますが、それぞれタイプが違っていて、同じ絵を渡しても違うものが上がってきます。2Dを3Dにするために必要なのはお互いの想像力しかない。ですからどんなパタンナーとも1回で上手くいくことはないです。実際に立体になったものを見て、モデルさんに着てもらってから、ここが違う、ここはこうしたらいいと話をしていきます」

    質問者3
    「まず齋藤さんに伺います。『山本耀司さんをパリで売り出した頃と同じ売り方では今は売れない」とおっしゃっていましたが、1980年代から今に至るまでのブランドの売り方の変遷を教えてください。また、『日本で生産している』という森永さんには、日本のものづくりにこだわる理由があればお聞きしたいです』

    齋藤さん
    「山本耀司さんがパリに来た頃は、非常に緻密で、お客さんに対して近いところで売っていました。それこそ行商のようにカタログとサンプルを持って営業に行くわけですね。
    次第にIT化が進んで、何でもかんでもメールで送れるようになりました。それで今、百貨店やブティックが、試着室になっているんです。お店でフィッティングして色やサイズ感を試したら、あとはネットで安く注文してしまう。私の友人たちも『ブティックの存在価値って何だろう』と考えているところですね。例えば『いろんなブランドから服を集めて、コーディネートをプロポーズする場だ』という意見があり、実際にブティックはそのように変わりつつあります。
    今、フランスでは、ネットとお店の売り上げが半々だと言われています。そして近々もっとネットが増えていくだろうと。結果、ブランド側もBtoCに移り、バイヤーと組まず、
    一般消費者に直接売るようになっている。以前のようにバイヤーさんたちと組んで売るというやり方が薄れているんです」

    森永さん
    「日本での物づくりにこだわる理由――ですね。僕は、自分が洋服を作る背景がすごく大切だと思っていて。どんなに安い洋服も、その背景にはデザインを考える人、立体にする人、縫製した人がいます。そういう、これまで日本のファッションを支えてきた方と仕事をしたい。彼らはモノをつくることに誇りを持っていて、よくも悪くも、ある『枠』をなかなか越えようとしません。でも、そこに僕が何か違うものを持ち込むと、彼らのモノづくりの熱が上がったり、新しいものを作ろうとしたりする。そういう場面が僕にとってクリエイションの原点になっています」

    司会
    「最後に、ご自身の今後の活動について、お一言ずつお願いします」

    齋藤さん
    「あと何年生きながらえるかわかりませんけど、5年ぐらいを目安にして真剣にスターづくりをしたい。スターが不在の日本のファッションはさびしいなと思っているので」

    森永さん
    「これまでパリコレには3回出ましたが、変わらず持ち続けるブランドらしさと、変化させていくブランドらしさと、両軸をもってその道を進んで行ければと思います。僕の同世代のアジアのデザイナーはショップ内でかなりラックを取っていますし、それこそラグジュアリーメゾンのデザイナーにも抜擢されたりして活躍しています。彼らに負けたくないという気持ちもあるんです。クリエーションでもビジネスでも負けないブランドになりたいですね」

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