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プロフェッショナルの志事

ファッション業界を支えるメーカーや工場、職人にプロならではのこだわりの技や知識を聞いてみました

アトリエセゾン
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PROFILE

名だたるブランド各社からのサンプル製作依頼が引きも切らない縫製メーカー「アトリエセゾン」。
東京は神宮前に立つマンションの3つの部屋で、裁断、縫製からボタンホール穴かがり、アイロンプレスまでを完遂させている――その人気の秘密を探った。

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25名縫い手が、月平均 400〜500点をつくるサンプル専門メーカー
“25名縫い手が、月平均 400〜500点をつくるサンプル専門メーカー

取引先には、世界的に有名なファッションブランド、日本を代表するアパレルメーカーがずらりと並ぶ。プレタポルテ、クチュールからメンズのブルゾンまで、製作範囲は多岐にわたり、パリコレクションなど、コレクション用のサンプルも多く手がけている。サンプル専門のメーカーとして30年以上の実績を誇るのが、アトリエセゾンだ。
「月平均400〜500点を提供しています。展示会シーズンには依頼が重なって、時には100、200点単位でお断りせざるを得ないことも……」
こう語るのは、同社社長の米田千春氏。アパレル販売員時代、現在、同社の縫製チーフを務める女性と出会い、1984年に千葉県松戸市でサンプルメーカーを起業。その3年後、東京・神宮前に移転した。
「チーフの縫製技術にほれ込んだのです。おかげで、いい仕事に次々に巡り合うことができました」
少しずつ、一人、二人と縫い手を増やし、現在25名。ほか、付き合いのある縫製工場でトップクラスの技術を誇っていた縫い手を全国に抱え、業務委託で仕事を依頼するが、才能ある若手の育成も進めている。
「優秀な縫い手を確保することが一番大変でした。簡単な仕事ではないので、おいそれとは採用できない。意外だったのは、うちで働く縫い手が、『ここはいいよ』と優秀な縫い手を次々に連れてきてくれたことです」
サンプルづくりはブランドにとって、極めて重要な戦略だ。その仕上がりの善し悪しひとつで、展示会での受注枚数が大きく変わることもある。アトリエセゾンへのサンプル作成依頼は、ブランドが特に力を入れている商品が多い。
「『会場で一番目立つ場所に展示するから』と言われることも少なくないですね。凝ったデザインも多いため、プレッシャーは常にあります。でも、引き受けたものは必ず最高の状態に仕上げたい、一切妥協しない――これが創業以来守り続けている、変わらぬ私たちのスタンスです」
高いクオリティを支えるため、生地の裁断から縫製、ボタンホール穴かがり、果てはアイロンプレスまで自社内ですべて行っている。この取り組みは、米田氏の長男、幸生氏の入社によって始まった。2005年のことである。

社長の米田千春氏(右)は販売員時代、本社より先にメーカーを訪れ、翌シーズンの商品を見ていた。そして、サンプル服の重要性を強く認識し、アトリエセゾンを設立した。「創業当時、私は縫製ができなかったので、電話と掃除の係でした」と笑うが、今や裁断経験30年のプロだ。長男の幸生氏(左)は、ボタンホールやプレスなどを自ら手がけながら、社員を率いる常務取締役。サンプルメーカーの仕事に魅せられている二人だ。

大学で数学を専攻していた 長男が入社。ホールと プレスを独学でマスター
“大学で数学を専攻していた 長男が入社。ホールと プレスを独学でマスター

もともとアトリエセゾンが注力していたのは、裁断と縫製の技術力。ボタンホール穴かがりとアイロンプレスは、外部の優れた力を借りていたのだ。
「外注に頼ると納期を逆算してお願いしないといけませんから、どうしても自分たちに大きな負荷がかかります。仕事量が増えていくなか、外注先の営業時間に合わせていては仕事が追いつかなくなるリスクがありました」
そこで米田氏は、当時大学生だった幸生氏に「家業を手伝ってほしい」と伝えた。幸生氏は大学で数学を専攻していた理数系。ちょうどアメリカでの語学留学を終えて帰国し、IT企業への就職を検討していた頃だった。そんな幸生氏だったが、母の願いを受け入れ、ボタンホール穴かがりを独学で身につけることを決断する。そして、大学卒業後、同社に入社した。幸生氏は言う。
「縫い手は、自分が手がけたサンプルにボタン穴を開けることを極端に怖がります。だったら、自分がやるしかないと思いました。また、自社内でボタンホールができれば、縫製パーツの状態でボタンホールが必要なケースでも対応できますから」
専用ミシンを調達し、昼間の仕事を終えてから夜中まで〝練習〞に明け暮れる日々。3カ月ほどでようやく満足いく結果が出せるようになったという。
「ミシンを自分で踏み、いろいろ試行錯誤したことがよかった。場数も踏んで、しっかり技術を習得できました」
だが、もう一つの課題があった。仕上げの工程に重要な役割を果たすアイロンプレスだ。これも外注頼りで、時間的ロスが問題となっていた。自社でなんとかできないか――。
「プレスこそ職人の世界。独学は難しく、修業前提でないと教えてもらえないんです。これはさすがに自分ひとりでは無理とあきらめていました」
そんな折、ある若手の男性職人がプレス専門会社を退職。幸運なことに独立までの数年間、同社を手伝ってくれることになった。06年のことだ。
「彼の指導で良質なアイロン設備を揃えることができました。ただ、大切な技術を簡単には教えてもらえません」
彼の独立の時期が近づくと、幸生氏は一計を案じる。「直接、教えてくれなくてもいいから、プレスしている姿をビデオに撮らせてほしい」とお願いしたのだ。その映像を見ながら、また夜な夜なの〝練習〞を開始した幸生氏。圧力のかけ方、プレスのタイミング、手の使い方。本当に奥が深かった。
「ハンガーにかけただけで、人が着ているのではないか、と思えるレベルまで持っていかなければいけないのが、プレスの仕事です。習得するまで、かなり時間がかかりましたね」

サンプル製作を受託する取引先は200社を超えている。「1社からの仕事がいくら増えても、取引量は全体の1割以下に。これを原則にしてきました」と語る米田社長。その徹底によって、万が一のリスクをカバーすることができ、経営を継続させ、より多くのメーカーにアトリエセゾンの技術を提供することができた。今では、具体的な発注の前にひとまず点数枠だけ押さえたい、というメーカーも少なくない。通常のオーダーとは別に急ぎの仕事にも対応するため、本当に忙しい毎日だ。アトリエではベテランから若手まで、全員が一流の技術でフル稼働している。

同じものをつくることがない,それがこの仕事の魅力。 日本の高い技術力を守りたい
“同じものをつくることがない,それがこの仕事の魅力。 日本の高い技術力を守りたい

ボタンホールとプレスが内製化され、仕事のスピードが大幅にアップした。朝に発注を受けて、夕方に納品する、というサービスも可能となった。幸生氏は続ける。
「全工程を内製化したことによる技術力の向上はもちろんですが、同時に得たスピードも大きな武器になりました。短納期の依頼が増えていますから」
そして幸生氏の功績はもう一つある。若手男性社員の採用だ。3人の男性が入社し、社内に新しい活気が生まれた。彼らはボタンホールやプレス、さらには1日に十数軒ある直接配達も担う。
「会社員の傍ら服飾専門学校に通い、服がつくりたいとうちのサイトを見て応募してくれた社員がいます。専門学校出身の新卒社員もいます。また、彼らには配達の際、お客さまと積極的にコミュニケーションすることを徹底してもらっています。きっとこれまで以上に、お客さまと当社の信頼関係を深めてくれるでしょう」
サンプルメーカーの魅力を、米田社長はこう語る。
「同じものをつくることがない、ということですね。これはつくり手にとって、大きな魅力だと思います」
一方で課題もある、と幸生氏は語る。「技術継承が難しいことです。そもそも縫製の仕事は認知度が低い。もっと多くの人にこの仕事の素晴らしさを知ってもらい、そして、人材を育成したい。日本の技術力は、世界的に見ても本当に高い。この技術を残すためさらなる努力をしていかなければ――と思っています」

服づくりに魅せられてアトリエセゾンに入社した若手男性社員たち。ボタンホールやアイロンプレスなど幸生氏が取り入れた技術もしっかりと受け継ぎ、根付かせている。納品配達も担当し、今やアトリエセゾンにはなくてはならない存在だ。

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