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プロフェッショナルの志事

ファッション業界を支えるメーカーや工場、職人にプロならではのこだわりの技や知識を聞いてみました

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PROFILE

有名デザイナーがふらりと訪れるオートクチュール刺繍のアトリエ。
コレクションブランドから次々に依頼がやってくる渋谷・富ヶ谷にあるレンミッコだ。パリで学んだ技術をベースにした、日本のオートクチュール刺繍が、今大きく花開こうとしている。

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オリジナリティ溢れるオートクチュール刺繍でニーズに応える
“オリジナリティ溢れるオートクチュール刺繍でニーズに応える

アトリエ内に並んでいるのは、一般な刺繍とは少し異なる、ゴージャ スな雰囲気を持つ刺繍作品の数々。レンミッコが手掛けて いるのは、オートクチュールメゾンで用いられるリュネビル技法とマンートゥーズ技法を組み合わせたオートクチュール刺繍だ。
「これが刺繍なのか?という驚きを感じてほしいんですよね。だから、新しいチャレンジを常に考えています」
 
 主宰者の一人、柴田士郎氏は、糸でくくりつけられるものなら、何でも素材になると語る。アトリエには薄い紙箱に入った刺繍の素材がずらり。それらは数千種類にもなり、アトリエ1階のショップでも販売している。
  刺繍で、様々な表現を可能にするレンミッコには、一点モノのサンプル制作から量産製品まで、コレクションブランドからの依頼が数多くやってくる。
「コレクションにお招きいただき、自分た ちの刺繍が使われたサンプルが大トリで 出てきたりした時は、本当にうれしいですね」  
ただし、取引しているブランド名を一 切明かさないのが、レンミッコのこだわりだ。取引先を紹介することは大きな営業力になると思われるが、ホームページでも一切書かれていない。
「自分たちは、あくまで黒子。職人とし てモードの裏舞台を支えたい。それが僕たちの願い。刺繍技術を磨き、刺繍の可能性を日本で広げていきたい」
 まったく同じ考え方を持っていたのが、もう一人の主宰者である小川明子氏だった。そして二人のパリでの出会いが、このアトリエを生んだ。

レンミッコ主宰者の柴田士郎氏(右)と小川明子氏。独創的 な素材使いと複雑なテクニッ ク から生み出されるレンミッコのオートクチュール刺繍は、まさに芸術品。「刺繍に使える面白い素材はないか、いつもアンテナを立ててチェックしています」(柴田氏)
「常に違うもの をつくっているのが楽しい。そして、自分のためではなく、刺繍を必要としている人の役に立てることがうれしいですね 」(小川氏)

会社を辞め、留学資金を得るために、佐川急便で2年間、働く
“会社を辞め、留学資金を得るために、佐川急便で2年間、働く

  大学で染織を学んでいた小川氏は、 ファッションの世界への関心が次第に強くなっていった。そんな時に出会ったのが オートクチュール刺繍。 「パリのオートクチュールを支える工房の仕事を日本に紹介した展覧会『パリ・ モードの舞台裏』で衝撃を受けたんです。こんな刺繍があるのか、と」
  この刺繍をやりたい、職人になりたいと大学を中退し、パリに学びに行くこと を決断。語学学校を経て、現地の刺繍学校に入学したのは2001年。そして同時期、同じく日本から学びに来ていた男性と出会う。柴田氏である。  
 柴田氏は文化服装学院を出てアパレルメーカーに1年間勤務していた。だが、自分を強く惹きつけるものがほかにあることに気づいていた。それがオートクチュール刺繍だった。
「たまたま手にした雑誌でパリのオート クチュール刺繍が特集されていたんです。その記事中のコラムで紹介されていたのがパリのルサージュ刺繍学校。これしかないと思いました」(柴田氏)
 会社を辞め、佐川急便のセールスドラ イバーとして2年間働いて資金をつく り、パリへ。そして刺繍学校を卒業すると、小川氏より一足先に帰国した。
「刺繍の技術を生かして国内で就職先 を探そうと考えていました。ところが、 刺繍だけをやらせてくれる会社はどこにもなかった。仕方がないので、自分一人で始めるしかないか、と思うようになって ・・・」(柴田氏) 
 そんな時、後から帰国した小川氏からの連絡が。
「刺繍学校には日本人がほかにもいましたが、東京出身は私と柴田しかいなかったので、連絡してみたんですよ。話をしてみると、刺繍への強い思いが同じ。じゃあ、一緒にやってみようかと」(小川氏)
こうして04年に刺繍ユニット・レンミッ コが生まれた。初めはひたすら、レンミッ コとしての作品やサンプルをつくり続ける日々。1年間はアルバイトで材料費を稼ぎながら、自分たちのオートクチュー ル刺繍の腕を磨いた。
「刺繍をしなかった日は、一日もなかっ たですね。そのくらい作品づくりに没頭していました」(小川氏)

世界中のブランドから依頼された刺繍を製作するアトリエ。壁にはたくさんの素材が白い箱に入れられ、整然と並ぶ。「美しいもの をつくる現場は美しくなければいけない」と 柴田氏。温かみのあるアトリエの空間に、有名デ ザイナーがふらりとやってくることも 。 下の写真はオートクチュール刺繍の代表的 技法のひとつであるリュネビル刺繍。ピンと 張ったオーガンジーに、専用のかぎ針で糸をすくってビーズやスパンコールを裏面(実際の表面)に縫い付けていく。繊細で質の高い表現ができる技法

刺繍を学べる教室も展開 入学は1年半待ちの 大人気スクールに
“刺繍を学べる教室も展開 入学は1年半待ちの 大人気スクールに

  アパレルメーカーに営業をスタートさせると、少しずつ仕事が入るように。幸運にも、オフィスの一角を使っていいと言っ てくれるウェディングドレスの会社が現れた。とにかく無我夢中で働いた。徹夜することもあった。
  刺繍の仕事は、まずデザインの設計図を作成し、実際に刺繍したサンプルを つくるところから始まる。ブランド側が サンプルをチェックし、修正点などを打ち合わせした後、実際の生地で本製作に入る。オートクチュール刺繍はすべてが手作業。限られた時間で、スパンコールや ビーズを一つひとつ縫いつけながら、デザイナーが要求する微妙なニュアンスまで表現する工程はまさに職人技だ。
 06年に間借りオフィスを出た後、現在の場所に自分たちの拠点をつくり、刺繍教室もスタート。年々、生徒は増え続け、受講者数は累計で500人を超えた。月20 日、一度に5人の少人数制にこだわるため、今、70人が受講のウェイティング中。なんと1年半待ちの人気になっている。
「北海道や沖縄、さらには上海や香港 から来られる方もいらっしゃいます」(小 川氏)
  パリで得た技術やエスプリを武器に しながら地道に営業活動を推し進め、デザイナーズブランドからの受注が少しずつ増えていく。紹介や口コミも加わって、顧客はさらに広がっていった。新たな スタッフも加わり、現在は6名体制で多忙な日々を送っている。
「正直、難しい技法で、一人前になるには、最低でも3年はかかります」(柴田氏)  
  だが、レンミッコにしかできない仕事を やれることが、何よりの醍醐味だという。
「事業を始めたばかりの頃は、つらいこともたくさんありました。今もコレク ションの時期などは、仕事が集中して苦しい時もある。でも、イメージしていたものが具現化できた時の達成感は、何物にも代え難いです」(小川氏)  
  今後は、世界にも出て行きたいと語る。日本人ならきっとできる、と。

オートクチュール刺繍教室 「Lesson」の部屋。インテリアは すべて自分たちで手掛けた。「オートク チュール刺繍のためのデスクは、パリで学んだ時の刺繍台を思い出して自分でつくりました」(柴田氏)。教室で生徒に教えるの は、小川氏の担当。教室事業には思わぬ 効果もあったそうだ。「教えることで技術を 客観視できる。また、刺激をもらってインスピ レーションも湧く。これがアトリエの刺繍にも反映されていくんです」(小川氏)

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