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プロフェッショナルの志事

ファッション業界を支えるメーカーや工場、職人にプロならではのこだわりの技や知識を聞いてみました

「カインドウェア」渡邊 喜雄
「カインドウェア」渡邊 喜雄

「カインドウェア」渡邊 喜雄

PROFILE

120年超の歴史を誇るカインドウェア。日本のフォーマルウェア市場をつくった会社といっても過言ではない。宮内庁職員が着る儀礼服のほとんどを同社が担当。最高品質の服づくりの技術だけでなく、 世界のフォーマルウェアのルールを熟知している同社から、今回は『プロの技』のためにタキシードの歴史を伺った。

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創業120年超。明治時代に洋服を手がけたベンチャー
“創業120年超。明治時代に洋服を手がけたベンチャー

「紳士服のメーカーとしては、日本で最も古いかもしれないですね」
4代目の会長・渡邊喜雄氏がこう語るカインドウェアの創業は、1894年。昨年、創業120周年を迎えた。渡邊家は江戸時代、今の秋田県で佐竹藩の御典医を務め、明治維新後は薬問屋を営んでいた。後に三男、四男が上京し、「これからは洋服の時代だ」と東京・日本橋で古着商を始める。
「時代の先を見ていたのでしょう。今でいう、ベンチャー企業です」
当時は既製服などない時代。貴族が着ていた注文服を買い取り、一般の人に売ることから始めた。これが大変な繁盛となる。だが、第2次世界大戦で東京は焼け野原に。3代目となる渡邊氏の父・国雄氏のもと、第二の創業が始まる。
「父は内閣企画庁の官僚でした。何をすべきか考えた時、日本が再び繁栄したら、昔ながらの礼節を重んじる国に戻ると予想したのです。しかも、そうなった時は紋付き袴ではなく、皆、洋服を着ているだろう、と。そこで考案したのが、英国のディレクターズスーツからヒントを得た略礼服でした」
黒の上下のダブルのスーツである。1951年からは、日本橋髙島屋にフォーマルコーナーをつくり、本格的な販売を始めた。その後、「スーツに合うワイシャツやネクタイ、靴下を教えてほしい」という顧客の声から、トータルコーディネートを提案する売り場に転換。これが大人気となり、全国の百貨店に次々と展開していく。「大変な急成長だったようです。財務内容が見られる資料が残っていますが、素晴らしい数字でした」
カインドウェアは、フォーマルウェア着用という習慣を、日本に根付かせていった会社というわけだ。

120年超の歴史を誇るカインドウェアの4代目会長が、渡邊喜雄氏だ。日本のフォーマルウェア市場をつくった会社といっても過言ではない。また、宮内庁職員が着る儀礼服のほとんどを同社が担当。「例えば、アメリカ大統領、アメリカ大使をお迎えする際、着る儀礼服は異なります」。しかもドライバー、配膳、警備などその種類は多岐にわたる。「馬車の御者にも、そのための制服があるんです」。最高品質の服づくりの技術だけでなく、世界のフォーマルウェアのルールを熟知していることも、同社の強みだ。

宮内庁職員の儀礼服から日本のフォーマル洋装の基本となるブランドへ
“宮内庁職員の儀礼服から日本のフォーマル洋装の基本となるブランドへ

こうした歴史を背景に、取引先は多岐に広がっていった。宮内庁もそのひとつ。68年、皇居新宮殿落成に際して、公式儀礼服一切のご用命をあずかることになる。
「もちろんそれまでにも儀礼服はありましたが、この時、多くをつくり直しました。宮内庁関係の公式の服装は、ほとんど当社がご用命を承っています」
その後、70年には、ワンボタン、ピークトラペルという洗練されたデザインのシングルモデルの社交服を発表。映画俳優として人気を博していた田中邦衛氏をブランドキャラクターに起用し、テレビコマーシャルを開始。以来10年以上にわたって、フォーマルウェアの着用を呼びかけた。
「私たちのブランド『ソシアル』が、現在の日本のフォーマル洋装の基本として育っていったのが、この頃でした」
ベビーブーム世代が成人になっていく時代、フォーマルウェアは飛ぶように売れた。売り上げが急伸していく中、業容を拡大。カジュアル領域にも進出した。「ただ、うまくいく事業があれば、あっという間に真似されてしまうものもありました。私たちがやりたかったのは、いいものを長く着ていただくことであり、品格や品性であり、生活を豊かにすること。無駄な競争は不本意でしたから、自分たちの強みがしっかり生かせる領域に再びフォーカスしていきました」
そして、売り上げの3分の1を占めていた低価格ゾーンから大胆な撤退を決断。20年以上前のことだ。

1994年、100周年の年にスタートしたヘルス&ケア事業。じわじわと人気を獲得していったのが、ファッション・エッセンスを取り入れたステッキだ。「高齢者の市場に夢をと考え、始めました。十数年は赤字が続きましたが、着実にマーケットを構築していくことができました」。誰にも真似できないものをと、技術開発にも注力し、特許や商標も積極的に出願している。中でも、簡単に三つ折りできる折りたたみステッキは、高い人気を誇る。そして現在、著名なコンセプター・坂井直樹氏とコラボレーションを進めているのが、“次世代の杖”「NS-CANE」。道路の色認識や障害物に近づくと振動する機能、ライトなどが搭載される予定だ。

新市場を生み出したい。新しい機能を内蔵した次世代ステッキを開発
“新市場を生み出したい。新しい機能を内蔵した次世代ステッキを開発

カインドウェアは現在、“第三の創業期”にある。100周年を迎えた94年、新規事業をスタートさせたのだ。それが、ヘルス・ケア事業である。
「次の100年が見えない会社ではいけない、と思ったのです。新しいチャレンジをしなければ、と」まだ高齢化社会が問題視されていない時代、百貨店に高齢者向けの売り場を出店。まず売り出したのが、ファッションのエッセンスを取り入れたステッキだった。お洒落な柄が評判を呼ぶ。
「電車の中で持っていると、“それはどちらで買われたのですか”と聞かれた、なんて声をよく耳にしました」
そしてこの事業は、高齢者向けの服、靴、カートなどへと広がっていく。「世の中に新しい価値を生み出し、生活を豊かにする。それが目標です。人と違うことで新しい市場をつくる。そうやって世界へ展開していきたい」
世界ナンバーワンを目指すステッキづくりにおいては、様々な技術とのコラボレーションにも取り組んでいる。大好評となっている折りたたみステッキに加え、昨秋にはグリップ部分に色認識・振動・ライトなどの機能を内蔵した次世代ステッキ「NS-CANE」を発表。今後は、医療情報、ナビゲーションシステム、交通情報や安全確認システムを一体化させた新時代のステッキづくりに挑む計画だ。
「他社にない高度な技術を持つアパレル事業を展開しながら、新しいビジネスを創出し続ける。創業時から続くベンチャー精神が、当社の進化を支える底力なのです」

高齢者向け商品の売り場を百貨店に提案したのは、ヘルス&ケア事業がスタートした20年前のこと。当時はまだ、どこにも高齢者専門の売り場などなかったという。以後、ファッション性を保ちながら、機能性も追求した商品づくりのノウハウを蓄積してきた。

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